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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)9841号 判決 1981年4月28日

原告 加藤久雄

右訴訟代理人弁護士 穴水広真

被告 東調布信用金庫

右代表者代表理事 門倉傳造

右訴訟代理人弁護士 大林清春

同 池田達郎

同 白河浩

主文

一  原告と被告との間で、別紙債権目録記載の債務が存在しないことを確認する。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につき昭和四八年一二月五日東京法務局品川出張所受付第三二七〇八号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、別紙債権目録記載の債権を有していると主張している。

2  原告は別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有している。

3  被告は本件不動産につき請求の趣旨記載の登記を有している。

4  原告は1項の債権債務の成立を否定するので、原告は被告に対し、右債権債務の不存在確認と、所有権に基づき右登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因事実に対する認否

全部認める

三  抗弁

1  被告は原告に対し昭和四八年一二月四日信用金庫取引契約に基づいて証書貸付の方法により一〇〇〇万円を次の約定で貸渡した。

(一) 弁済期 昭和四九年六月三日

(二) 利息 年八・五パーセント 昭和四九年一月三日支払

(三) 損害金 年一八・二五%

2  原告は、同日被告に対する前項記載の債務を担保するため、本件不動産につき請求原因3記載の抵当権を設定し、登記を経由した。

3  仮に原告が自分で右契約、借入をしたのではないとしても、原告は昭和四八年一二月四日頃赤松忠夫(以下「赤松」という。)または塚田貞敏(以下「塚田」という。)に対し、原告と被告との間の信用金庫取引契約、金銭消費貸借契約、抵当権設定契約をする権限または原告の記名捺印を代行する権限を与え、塚田は右権限または赤松の指示により、原告の名で右各契約(以下「本件各契約」という。)をした。

4  仮に右代理権授与が認められなくても、原告の昭和四九年四月一一日被告の大森支店で、本件貸付金の利息九万〇八二一円を支払って自分名義の領収書を受取り、しかも本件貸付金返還のため被告から改めて一〇〇〇万円借入の申込みをしたから、右無権代理行為を追認した。

5  仮に右主張が認められなくても、原告は赤松が被告から借入をするにつき、本件不動産に抵当権を設定することを承諾した。赤松または塚田が抵当権設定のための代理権を越えて本件各契約を結んだものであるとしても、原告は登記済権利証、印鑑証明書を赤松に渡し、さらに原告自身被告の大森支店に来て、実印を被告職員玉田に渡したのであるから、被告は赤松または塚田が原告の代理人で、代理権の範囲内であると信じるべき正当な理由があった。

6  原告は右貸金につき二〇二万二八九三円弁済したのみなので、元本残額、利息、損害金として別紙債権目録記載の債務が存在しており、本件各契約は、原告自ら締結したか、原告から代理権の授与を受けた赤松または塚田がなしたか、原告の無権代理行為の追認によるか、民法一一〇条の表見代理によるかのいずれかによって有効であり、従って債務の不存在及び抵当権設定登記の抹消を求める原告の請求は理由がない。

四  抗弁事実に対する認否

1  抗弁1ないし4の各事実は否認する。

2  同5の事実のうち、原告が赤松の被告からの借入金債務を担保するため、本件不動産に抵当権を設定することを承諾したこと、赤松に登記済権利証、印鑑証明書を交付したこと、原告が被告の大森支店に行き、玉田に実印を渡したことは認めるがその余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  被告主張の本件各契約の成否につき検討する。

被告は、本件各契約を立証するため乙第一ないし第三号証、第五号証を提出し、原告は、原告作成部分の成立を否認した。そこで、これらの文書の成立経緯を検討する。《証拠省略》を総合すれば、次のような事実が認められる。

1  原告は、他の会社で倉庫番、雑用係などをした後、昭和四八年秋ごろ(遅くとも一〇月)までに赤松建設鉄工株式会社(以下「赤松建鉄」という。)の社長付運転手として雇庸された者、被告(大森支店)は赤松建鉄と取引関係にあり、昭和四六年から四九年にかけて大森支店長であった保坂修(以下「保坂支店長」という。)は赤松建鉄の代表者の赤松と極めて親しい間柄であった。

2  赤松建鉄の資金繰りは昭和四七年の終りころから逼迫し、昭和四八年秋ころには高利金融業者の富高利夫(以下「富高」という。)から借入れして、その担保のため原告所有の本件不動産に抵当権を設定し、また赤松は富高から返済を迫られてつけまわされ、やむをえず被告の大森支店に行き、保坂支店長が手続もとらずに直ちに富高に対し三〇〇万円を支払って急場をしのぐほどであった。

3  赤松建鉄は昭和四八年一一月末ころ被告大森支店に一〇〇〇万円の貸金を申込んだが、被告の赤松建鉄に対する貸付は既に六〇〇〇万円ないし七〇〇〇万円で、会社も赤松個人も限度いっぱいになっており、被告の内規では支店長の判断で貸付できるのは一件一〇〇〇万円までであったので、保坂支店長は、原告を借主にして貸付をするべきであると判断した。これに先立って、原告は赤松の要求をことわり切れず、赤松建鉄の借入を担保するために、本件不動産に抵当権を設定することを承諾し、赤松に登記済権利証、印鑑証明書を交付した。(抵当権設定の承諾、書類の交付の点は当事者間に争いがない。)赤松建鉄の名刺上の専務取締役で対外関係を担当していた塚田は赤松の依頼で被告大森支店にも使い走りしていたが、本件各契約に際しても、赤松に依頼されて大森支店に行き、乙第一ないし第三号証、第五号証の各借入人、債務者欄に、原告の住所、氏名を記載した。その後原告は被告の大森支店に実印を持ってくるようにいわれ、昭和四八年一二月四日赤松と共に大森支店に行き、そこで初めて保坂支店長と会い、赤松と保坂支店長が雑談するのを聞いていたところ、大森支店の職員玉田が原告から実印を受領し、別室へ行って数分間で戻り、実印を返したので、原告は一人で支店から出た。なお、赤松も、本件借入は赤松建鉄が借主で、原告は物上保証人にすぎないと思っていた。

証人保坂修は、原告を借主とすることにつき原告に対し説明したと供述するが、措信しがたい。

右事実によれば、乙第一ないし第三号証、第五号証は、赤松建鉄が被告大森支店に対し、原告を物上保証人とする予定で、その旨の原告の承諾を得たうえで貸付の申込をしたのに対し、赤松と親しい関係にある保坂支店長が、赤松建鉄または赤松個人を借主とする新たな貸付は内規の制約で困難ではあるが、支店長の権限の範囲内で、実質上赤松建鉄に対する貸付を実現しようとして、自分の判断で物上保証人にすぎない原告を借主とすることにし、事情をよく知らないまま赤松の依頼で大森支店に来た塚田に原告の住所、氏名等を記載させたうえ、原告を呼び、書類も見せず、内容も説明しないで、実印だけを借りて、別室で玉田に押印させたものであると推認される。これは、原告の意思によって作成されたといえないことは明らかである。

なお、原本の存在及び成立に争いのない乙第一〇号証の原告作成部分(赤松作成と推認される欄外の押印はいかなる立証趣旨か明らかではないので、判断しない。)によれば、原告が本件につき作成した覚え書には昭和四九年一月二〇日「私の土地建物で一〇〇〇万(内定期二〇〇万)を六ヶ月の短期で借入私、保証人赤松忠夫、塚田貞敏(専務)、品川区大森駅前東調布信用金庫より借入てある」の記載があるが、これは事後の調査による右時点の原告の認識を示すにとどまり、本件各契約がされたと被告が主張する時点でのものではないから、右認定及び判断を左右するものでない。

右各書証の成立が認められないとすれば、乙第六、七号証は被告が独自に作成したにすぎないから、他に原告が直接自分で本件各契約をしたことを認めるに足りる証拠はなく、この点についての被告の主張は失当である。

三  代理権授与の主張について、前記認定のとおり、原告及び赤松は、赤松建鉄が借主で、原告は物上保証人にすぎないと認識していたし、保坂支店長も同様の認識を持ちながら、独断で原告が借主となる書類を作成したのであるから、原告を当事者とする信用金庫取引契約、金銭消費貸借につき赤松または塚田が代理または代行して書類を作成する余地がないことは明らかである。(抵当権設定契約については後述する。)

四  証人保坂修の証言によって真正に成立したと認められる乙第七号証によれば、原告借入名義となっている本件一〇〇〇万円の貸金につき昭和四九年四月一一日利息九万〇八二一円支払われた旨の記載があることが認められ、また、原告の住所、職業、署名、押印部分の成立に争いがなく、証人保坂修の証言によってその余の部分も真正に成立したと認められる乙第八号証によれば、原告が昭和四九年四月一一日旧債務返済のため被告に対し改めて一〇〇〇万円の貸付を申入れた趣旨の書面があるが、《証拠省略》によれば、利息なるものは赤松にいわれて袋に入ったものを会社の支払と思って被告大森支店に届けたにすぎないし、貸付申込書は、原告は本件不動産の抵当権を抹消したい一心で、赤松所有の不動産と差替えるつもりで記載したにすぎないことが認められるので、無権代理の追認となるべき事柄ではない。

五  表見代理の主張について、原告が抵当権設定の承諾をして、印鑑証明書、登記済権利証を渡したこと、原告が被告の大森支店で実印を被告の職員に預けたことは前記のとおりである。原告名義の書面の成立は前記のとおりとしても、被告主張の本件各契約は口頭で実質的に保坂支店長と赤松との間の交渉でなされたのであるから、被告の側からみて、表見代理の主張が全く成立しないわけではない。しかしながら、金融機関を当事者とする表見代理は、金融機関の担当者が相手方と直接会わないで、例えば保証人または物上保証人との契約を主たる債務者など(本件では赤松建鉄か赤松)を通して書類を作成することが多いので、その際のくいちがいがあって紛争が発生するのであり、本件のように、被告側の保坂支店長が直接原告に会っているのに、契約内容をほとんど説明しないで、ただ実印を預かり、勝手に押印して書類を作成しようとした場合には、金融機関として当然なすべきであってしかも容易になしえたはずの説明、確認を怠ったというべきであり、赤松(または塚田)が原告の代理人で、代理権の範囲内の行為であったと信じるべき正当な理由があったとはいえない。

六  抵当権設定契約について、乙第二号証は前記のとおり原告の意思によって作成されたとは認められないものの、原告は物上保証人となることを承諾し、結果として自分が債務者となると共に抵当権を設定したことになる。法律上の地位は主債務者がいない点が不利であるが、赤松建鉄が資力なしとすると経済的には似たような地位にあることになる。被告主張の本件抵当権設定契約は、前記のとおり、赤松が原告を代理したとは認められないから、類似の結果になったからといって直ちに法律上の効果を認めることはできないが、表見責任類似の考え方により、原告に責任を認める余地がないとはいえない。しかしながら、原告を借主とする消費貸借は不成立であるから、これを担保することはありえないし、赤松建鉄を借主とする消費貸借を認めるに足りる証拠もない。結局、被告が出捐した一〇〇〇万円は、保坂支店長が、被告に損害を与えることを予想すべき状況にありながら、赤松に対する好意のために、敢えて出したものと見るべきであろう。本件は、金融機関の貸付としてはあまりにも不合理である。

《証拠省略》によれば、保坂支店長は、本件以外にも、赤松の不動産取引に関する貸付でトラブルを起こし、昭和四九年四月に大森支店長の職を解かれ、懲戒解雇ではないものの、同年末には整理を終らないで辞職したことが認められる。右事実によれば、被告の側でも内部的に本件につき調査し、保坂支店長の行為が単に形式的に内規に反するだけではなく、金融機関として不当であったとの結論に達したものと推認される。

従って、抵当権設定についても原告の責任は認められないことになる。

七  以上の次第で、被告の抗弁はすべて失当であり、本件につき原告に責任を負わせることはできないことになり、債務不存在及び抵当権設定登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤道雄)

<以下省略>

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